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2018/06/17
京都メディカルラボの解約防止に成功した関根は、1年後新たな大手事業所を担当することとなった。京都市の隣の宇治市役所だ。前任者が急遽東京の本社に異動となり、関根に声がかかったのだ。
大手官庁はまだ未経験だったので不安だったが、上司の佐久間課長から「どうだ、担当してみるか」と声がかかった時に、迷うことなく「やらせてください」と言葉が出てきた。
大手の官公庁は特有の手続きがあり、それなりに大変そうだが、新たな挑戦でもあったからだ。
前任者は京都メディカルラボの時と違って、優れた先輩セールスだった。丁寧な活動をしていたことは、関根も良く知っていた。ヤマトビジネスマシンへのお客様からの信頼も厚かった。それに、その先輩は後任として関根を指名して推薦してくれていたのだった。関根にとって断る理由はなかった。
さて、桜の季節から、関根は、宇治市役所も担当した。
宇治は、観光都市であり、有名なお茶の産地でもある。
ただ京都ほどの観光客はいないため、落ち着いた佇まいの町だ。京都の拠点からは、宇治市役所までは車で40分ほどかかる。
担当してすぐに宇治市役所は関根にとって最重要顧客となった。主な折衝部門は文書課文書係だ。まずは文書係との人間関係を作らなくてはならない。幸いなことに、4月から開始される今年度は既にコピー機の契約・入替は完了している。これから3ヶ月かけて、信頼関係を深め、来年度に向けての提案の準備を夏ごろから開始するスケジュールとなる。
担当当初は、毎日宇治市役所に通い、コピー機の使用部門を回り、そこでの使い方と問題点を聞き出した上で、文書課文書係に丁寧に報告することを心がけた。
4月いっぱいは、入替したコピー機のサポート、使用部門の現状把握、文書係との関係作りに注力した。ゴールデンウィークが終わってからは、コピーの使用部門以外も回りだした。
回ってみて、改めて役所は巨大組織であるということに気づいた。コピー機だけにとらわれると、気づかないが、様々な事業が行われている。この中に自分たちのビジネスチャンスがあるはずだ。関根は直感的に思った。
コピーの使用部門以外では、どの部門も、訪問当初は「なぜヤマトビジネスマシンさんがうちにくるの?」と不審がられたが、丁寧にヤマトビジネスマシンの事業内容を説明し、宇治市役所の住民サービスの向上に役立ちたい旨を話すと、徐々に部門の業務内容を教えてくれるようになった。
この訪問した先の一つに企画課があった。関根はこの部門が何をしているのか、よくわからないまま訪問したが、話を聞いてみると宇治市役所の未来に向けたプランニングを行う重要な部門だった。
企画課では、館林係長が関根の面談相手となった。関根が初めて訪問した時に出てきたのが館林係長だった。
関根にとって館林係長が語る10年先の宇治市の姿は新鮮で面白かった。
「企画の人ってこんなこと考えているんだ」と驚きがあった。
館林係長からは、ヤマトビジネスマシンが社内の情報共有のためどのような取り組みをしているかをよく聞かれた。関根の知識では、答えられないことも多く、都度、大阪の関西支社の営業サポート担当者の秋田さんに問い合わせながら、答えていった。
自分のビジネスとは直接関係の無いやりとりが多かったが、関根が今まで持っていた役所の職員のイメージは、払拭されていった。
お役所仕事という言葉から連想される士気の低下が蔓延している組織かと思っていたが、とんでもなかった。市役所の職員が「住民サービス向上と業務改善」に強い意欲を持っていることに驚いた。また、市役所という組織がどう動いているのかも理解できた。合わせて、館林係長からの問い合わせに答える中で、自社が業務の効率化・効果化のために様々な取り組みをしているかについて、知り・考える良き機会にもなった。意外と自分の会社のことを知らなかったことにも気づくことができた。
また、館林係長から自社のビジネスに影響する重要な情報を入手することもあった。
「関根さん、うちの役所内では、ヤマトさんのシェアが高いよね。でも地元の文具店経由で電機メーカー系列のエッジ社製のコピー機が2台、教育委員会で使われているよね。あの2台は御社のとっても重要な存在だよ」。
「えー、そうなんですか。実は来年度に向けて、代替えの提案を予定しているのですけど」。
「あの2台がなくなると、御社のシェアが100%になるかもしれないよね。販売先の文具店に支持されている市会議員から、議会で、100%シェアはおかしいのではないかという意見が必ず上がるから」。
このやりとりから関根は、この2台の代替提案を見合わせた。
さて、営業マンとして自社の商品を販売するという役割からは、館林係長との話の大半は無駄な時間を費やしているということになるのかもしれないが、この時間は、市役所の課題と解決策を模索する対話であり、関根の知的好奇心が刺激される意義深い時間だったのだ。そしてそれは館林係長にとっても同様だった。
効率を追い求めると営業は自社の商品販売につながる情報だけを欲しがちだ。しかし、答えが見えない中でお客様と共に模索する対話も大切だ。このような一見無駄であるかのような時間こそ新たな課題が見つかっていく場となっているのかも知れない。
関根は宇治市役所に訪問したときは、必ず企画課に寄って、館林係長の時間が取れる時は、30分ほど雑談するようになった。
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著作:渡邊茂一郎