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2016/11/28

新たな期がスタートしてすぐに前期の全国営業成績順位が発表された。ヤマトビジネスマシンでは、各コピー機に換算ポイントが設定されていて、そのポイント数で、2年目以降の全営業マンの順位がつくのだった。売上の大きい大型機なら換算ポイントは高くなり、小型機だと低くなる。当時の営業マンの総数は約600人だ。
関根は下から50番目くらいに位置していた。成績が悪かったことは、自分も自覚していたが、最下位じゃないかと危惧していた関根は、ホッとしたのだった。
ちょうどその後ろを、先輩の大山が通りかかった。ちょうど周りには誰もいないタイミングだった。「関根、お前今ホッとしてないか。ビリじゃなかったって」。いつもは優しく接する大山が厳しい表情で話しかけてきた。
関根はズバリ当てられてしどろもどろになりながら、「いーえ、とんでもないです。今期はこんなことにならないように頑張ろうと思っていたところです」と力なく反論した。
大山はさらに畳み込んだ。「いいか、お前の下にいるメンバーの換算ポイントを見てみろ。みんなほぼゼロだろ。彼らは、退職者か休職中か、途中で職種変更になった者だ。関根、言いたくはないが、お前が実質はこの会社の全国最下位なんだ」。
関根は頭が混乱して何も言えなくなった。全国最下位という言葉が、頭を駆け巡り、何も考えることができない。何か話そうと口を開くが、言葉が出ず、パクパクするだけ。関根にとって全国最下位とは密かに恐れていたことであり、一度ホッとした後に突きつけられただけに余計衝撃的だった。関根はこの場から一刻も早く逃げ出したかった。心の動揺を隠しながら、「じゃ、お客さんとアポイントがありますので」と大山に告げて、営業所をそそくさと出た。行く先は、いつも行っている今出川通り沿いの喫茶店。そこまでのバスの中でも全国最下位が頭から離れない。「どうしてこんな風になってしまったんだろー。せっかくうまくいきだしたのに」とつぶやきながら、関根は、過去を振り返っていた。
関根は、実母が3歳の時に病気で急死し、その後数年して父が再婚した継母にはすぐには馴染めなかった。そのうち相次いで継母が弟と妹を産み、継母との溝は埋まらぬままだった。互いに遠慮もあり、継母が弟と妹を可愛がる姿を見ては、さらに距離を遠ざけていった。父親は仕事で毎日遅く、休みもゴルフで出かけてしまい、かまってもらえることは少なかった。粗略に扱われることはなかったが、家族の中で一人浮いている自分を感じ、いつも孤独だった。早く家を出たくて、大学でも合宿の多い、ヨットサークルに所属した。年間100日以上合宿していたので、その分家に帰らなくて済んだ。
クラス、ゼミ、サークル活動と良き友・仲間に恵まれ、家庭以外では充実した4年間だった。
就職先も、転勤が多い会社をあえて選んで受けてきたのだった。そしてヤマトビジネスマシンでの京都での一人暮らし、関根にとっては、居場所のない実家から離れて思った通り人生が進むはずだった。
それが、このていたらくだ。「どうしてこうなってしまったんだろう。先が見えなくなってしまった。失業して実家に戻るのだけは嫌だ。早めに辞めて次の就職先を第二新卒として探す手もあるかな」と関根はぼんやりと考えていた。そのうち、関根は今の窮状の原因を周りに転化しだした。そうだ、京都に配属になったことが問題だったんだ。やっぱりビジネスは東京だ。いや待てよ。京都だって、同期の横山のように周辺地区だったらうまくいったかもしれない。こんなことをうだうだと考えている間に、目の前のドアから、突然大山先輩が入ってきた。関根は目が点になった。慌てて立ち上がり、「大山さん、どうしたんですか?」と聞いた。

その5「もう1人の自分の目」へ続く
著作:渡邊茂一郎

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