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2017/07/24

「うん、今あまり面白くなくてね。」関根は、元気なく答えた。
「ちょっと話してみろよ。話すだけでも楽になるぞ」と父に促され、関根は、今置かれている自分の状況を前の町田係長の頃からポツリポツリと話し始めた。
父は時折質問を挟みながらじっくり関根の話を聞いてくれた。一通りの話しが終わると父は、質問して来た。「その田島っていう課長は、営業マンとしての実績はどうだったんだ?」
「元々は事務職だったみたい。自ら希望して営業マネジャーになったみたいだけど、セールスとしての経験はないと思うよ」
「やっぱりそうか。セールスとしての経験がなくてもいい営業マネジャーはたくさんいるが、時々こういう化け物も出るんだな」
「エッ、化け物?」
「そうだ、その田島っていう男は、実は怖くて怖くてしょうがないんだ。課としての数字を上げること以外、自分の力を証明できないので、さっき聞いたようなアメとムチのマネジメントを編み出したんだな。これは本来の営業マネジメントから逸脱した化け物だ」
「怖がっているなんて、そんなふうには見えないけどなー・・・」
「多分、一郎、お前のことを一番恐れているぞ」
「えー、なんでまた俺のことなんか、毎日いたぶられているのは俺だよ」
「表面的にはな。でもお前だけが、田島のアメとムチに背を向けているんだろ」
「そりゃそーだよ。あんなやり方はお客さんをバカにしているよ」
「お前のその真っ当な正義感とお客様への誠実さが、その田島にとっては何よりの脅威のはずだ」
「ほんとかよ」と関根は半信半疑でつぶやいた。
「一郎、俺だって長年、生産設備機器の専門商社で営業して、営業課長、営業部長と歴任して来たんだ。そんなことぐらい、わからないでどうする。今までたくさんの修羅場も乗り超えて来た。そこでは、いろんな人間も見て来た。同じような化け物とも対峙して来たんだ」
「そうだったんだ。同じ営業職として俺よりははるかにたくさんの経験を積んで来たんだな。もっと早く話を聞けば良かった・・・」
「父親としてより、社会人、そして同じ営業マンとして俺の話を聞いてみろ」
「うん、わかった」関根は素直な気持ちで父の話を受け入れ出した。
「今から、田島課長の立場で、考えてみようか。お前が何かのはずみで、自分の経験が薄い保守サービス部門のマネジャーになったと考えてみろ。新任マネジャーとして安心してマネジメントできるか」
「いや、まずは不安だろうな。どう部下と接したらいいか、迷うね」
「田島課長が営業マネジャーになった時も同じだったと思う。彼はその中で、営業スキルを身に付けるのではなく、マネジメントの仕方で、チームを率いていこうと思ったわけだ」
「確かにそうだろうね」
「この判断は間違っていない。マネジャーになってから営業スキルを身に付けるのは、リスクが高い。未熟な営業のような失敗が許されないのだから。そうすると大概の人は、マネジメントに着目して、業績を上げようとする。通常の営業マネジャーだったら営業スキルも駆使しながら、チームを運営するが、マネジメントの仕方だけだと、よほどすごいマネジメントをしないと、他の営業マネジャーには及ばない。すごい奴は、ここでマネジメント理論や優れたマネジャーの行動を徹底的に勉強して、論理的だが血の通ったマネジメントを身に付ける。実績もあげ、人材も育成でき、未来に向かってビジョンを掲げ、着実に進んでいくマネジャーだ。これができるようになると、どんな部門でも通用するプロフェッショナルマネジャーと呼ばれる。
でもこの道は、長く厳しい道だ。もっと手っ取り早く業績を上げられるマネジメントを求める奴も出てくる。大概はすぐ失敗するのだが、たまたまうまくいくことがある。そうすると、そのやり方を進化させより巧妙により的確に人を操るアメとムチの術を身につけてくる。これが化け物だ」
「確かにそうかもしれない」関根は父の話に納得してうなずいた。
父の話はさらに続く、「しかし、この手も化け物も、自分が本物のマネジメントをしているとは心の奥底では思っていないものだ。常に不安感を持っている。だから本物や強い者と出会うと怖い。怖い相手に対しては、避けるか、攻撃するかどちらかだ。
だから、権力者に対しては、おもねる。部下になった者に対しては、攻撃して潰そうとする。一郎、今、お前が直面しているのは、まさに本物に対する攻撃なんだ」
「うーん」と関根は唸った。目の前の暗闇が晴れ、いつも傲岸で爬虫類のような田島の顔が弱々しく浮かんで来た。
「繰り返すが、こいつはお前のことを恐れているぞ。そう思って、こいつの表情をよく見てみろ。必ず裏側にあるお前を恐れている心が見えてくるからな」
関根は父の言葉に奮い立った。田島を恐れる心が霧散し、本来の営業活動への情熱が湧いて来たのだ。
「で、一郎、お前はどう戦うんだ」と父が聞いて来た。
「うん、やっぱり俺らしい営業の仕方で業績を上げていくよ。それが化け物と戦うことにもなると思うんだ」
「そうだな、お前らしくやってみろよ」
「おやじ、ありがとう。」
「そうか、結果を楽しみにしているぞ。今度、帰省した時にその後の経過を教えてくれな」と父は返して来た。
このような親子のやりとりの後、父は宿泊先の京都駅前のホテルに戻っていった。
帰宅して、妻に父とのやりとりを話すと、「なんで、うちに泊まってもらわなかったの。せっかく京都まで来てくれたんだから」と妻から残念がられた。
「親父も出張中だからな。部下も一緒みたいだから、息子の家に泊まるわけにもいかないんじゃないかな」と言ってから、最近の自分の状況と父との話をかいつまんで妻の明子に話した。
「やっぱりね、元気なくて、変な様子だったから、なんかあるなとは思っていたんだ。でもお父さんと話し合えて良かったわね」
「うん、親父のお陰で、今の課のやり方に反発しながらも惑わされ自分を見失っていたことに気づいたよ。明日から自分らしく、人が目指してきた営業の仕方で頑張るよ」
「うわーん」。こんなやりとりをしていると娘が泣き出した。
「あら、お腹減った見たい。おっぱいあげなくちゃ」。
いつもの幸せな家庭での日常が関根を包んで行った。

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著作:渡邊茂一郎

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