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2017/12/31

読者の皆さん、『第6話 ライバルとの戦い その3「解約」とその4「搬出」』を思い起こしてください。今話は、そこで登場した京都西染工の総務・人事課長が主人公になります。
お客様の立場で営業を見てみましょう。

京都西染工の総務・人事課課長の中井は、自席で一人愚痴をこぼしていた。「いつも河瀬役員からは難題が来るな。管理経費の20%削減なんていきなり言われてもなー。しかも長崎会長からの厳命だって。いつもこれや。少しは社員のことも考えて、会長に立ち向かってほしいもんですな」
友禅業界は構造不況業界と呼ばれ、どの染工場も売上不振に喘いでいた。
京都西染工も例外ではない。今日の役員会で、会長の長崎から、新市場開拓が軌道に乗せるために、経費を削減するようにと指示が出ていたのだ。取締役総務・人事課部長の河瀬も自社の厳しい状況は痛いほど理解していた。だから、役員会後、総務・人事課課長の中井を呼んで『管理経費の20%削減』を言い渡したのだった。中井は、「はい、わかりました」というものの納得していないことは表情からありありと読み取れた。
中井は早速、コピーとファクシミリの利用を制限する旨のチラシを作り始めていた。なかなかいいアイディアもなく、部下の総務・人事課課のメンバーを巻き込むでもなく、変わり映えのない行動だ。
「もう少し、会社全体のことを理解してほしいものだ。危機感も伝わってないな。行動も今までと同じようなままだ」。河瀬も自席に戻り、中井の動きを見ながらため息をついた。
この後、別の会議の後に、会長の長崎から「どうだ、中井君は、管理経費削減にしっかり取り組んでいるか」と尋ねられたが、河瀬も「うーん、今一つ変わらないですね。中井課長は」とつい愚痴をこぼした。「そうか、一度私から発破をかけてみるか。最近中井君とも話してないからな」。「一度発破をかけてやってください。しっかり火をつけて、ひと皮むいてやりたいですから」。
こんなやり取りの2日後、会長室に中井は呼ばれた。
「会長、お待たせしました。参上致しました」かしこまって中井が会長室に入ると、長崎会長は難しい表情で「おお、まだ待っているんだ。有効な経費削減策をな」と切り返した。「うちも早く構造転換を果たさないと大変なことになる。どうも君は、うちが置かれた危機的状況をわかっていないようだな」
「いえ、どんでもありません、会長」中井は、腰を折るようにして返答した。
「管理経費20%削減を通達したが、総務・人事課からの施策は本気度を感じられないぞ。中井君、君はうちが置かれた状況をちゃんと理解できているのかね。総務・人事課課長が本気で取り組めないのだったら、経営としてもなんらかの手を打たなきゃならんぞ。もちろん経費削減で、社員の士気が衰えるなんてことがないようにな。未来に向けての施策なんだからな」
中井は震え上がった。「はい、死ぬ気で取り組みます」
「まあ、死ななくてもいい。とにかく本気で取り組んでくれ。そして半年後の今日に報告に来てくれ。待っているぞ」と長崎は厳しい表情で言った。中井が逃げるように会長室から出て行くと、長崎はため息をついた後、取締役管理部長の河瀬に内線電話した。
「中井君には厳しく言っておいた。これで本気で取り組むだろう。中井は人柄はいいんだが、のんびり屋だな。君のところに駆け込んで来たら、相談に乗ってやってくれ。後は頼んだぞ」
「はい、わかりました。そろそろ来る頃です。会長、ありがとうございました」
このようなやり取りのすぐ後に、中井がやって来た。
息急き切って中井から「河瀬取締役、大変です。会長は本気です」と報告があると、
「どうした。この前、長崎会長からの厳命だと話したはずだが・・・」と河瀬は落ち着いて返した。
「あの時は、私の認識が浅かったようで、申し訳ありませんでした」と中井はすがるような目で河瀬を見上げた。「どうしたらいいでしょうか。」
「どうもこうもない。しっかりと本気で取り組むしかないってことだ」管理部長の河瀬は突き放すように言った。
「でも私には、いいアイディアなんて出てきません。自信がありません」と中井が言うと、「総務・人事課課には、あんたしかおらんのか。若手のメンバーもおるだろ。経験豊富なベテランもおるやろ。一人で抱え込まんと、みんなに助けてもらえ」
「メンバーに頼むのですか」と不安そうに中井が言うと、「さっき会長から電話があってな、死ぬ気で取り組むといったそうやないか。死ぬ気になったら、メンバーに頼むなんて、なんでもないやろ。困っていることを率直に真剣に皆に話してみろ。うちの社員は、意気に感じてくれるぞ」ときつく河瀬取締役から申し渡された。
「はい、わかりました」中井課長は、覚悟を決めるしかなかった。

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著作:渡邊茂一郎

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