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2017/07/03

京都OAの山本との厳しい戦いが終えたころ、関根にうれしい出来事があった。第一子が誕生したのだった。妻は実家のある神奈川県に戻り、元気な女の子を産んでくれた。
休みを取って、帰省し妻子と対面した関根は、父となった喜びと責任感に満たされた。「この子のためにも頑張らないとな」とつくづく思った。
妻子を伴いすっかり疎遠になっていた実家を訪ね、家族とも久しぶりに会った。関根が驚くほど父と義理の母は喜んでくれた。関根は「初孫だ」とはしゃぐ父に、別の面を垣間見た。行きづらくなっていた実家とも子供のお陰で、つながりを持てるようになったのだった。
つかの間の休暇が過ぎ、京都に戻ると、ヤマトビジネスマシン京都支店内体制変更が関根を待っていた。関根の担当地域は変わらなかったが、チームのマネジャーである町田係長が大阪に大手チームの課長として栄転した。おめでたいことではあるものの、町田は関根の良き理解者だったので、関根個人としては残念だった。
後任はなんとあの太田の上司だった田島徹だ。数字を上げるためには、なんでもするというタイプだ。あの太田のユーザーでの不祥事も、部下に責任を押し付けて、トカゲのしっぽ切りをしたようだった。そう言えば、田島の顔もどことなく爬虫類的でトカゲを連想させる。
新たな年度がスタートすると、販売3課長田島からチーム方針が示された。通常のチーム方針とは、支店方針に沿った形で、チームに課された数字をどう達成するかについて表明したものである。本来チーム方針とは、どの市場に着目して、どの商品をどのように販売していくか、そのためにチームメンバーはどのような行動をとっていくかという各メンバーの活動指針となるべきものだった。しかし、今回のチーム方針はそれとはまったく違い、各メンバーの実績計上ルールがほとんどだった。要するに、売れた者に対するアメと売れなかった者に対するムチがルール化されたものだった。
このルールを実行するために、関根の3年先輩で上司に従順なことが取り柄の勝田がチームリーダーとして、田島と一緒に異動してきていた。
「勝田さん、なんですかこのルールは、こんなのありですか」
「関根、まあそういきり立つな。これもやり方の一つということだ」
このルールはこのようなものだった。
アメはこうだ。チーム内の毎月の販売台数最高者1名を決め、そのメンバーにその月の『お呼び』(他の支店や営業所で決めてくれて連絡が来たものか、お客様から自社指名で問い合わせがきて決まったもの)を総取りするのだ。だから『お呼び』は、いつもチームリーダーの勝田が対応し、一括管理する。
ムチはこうだ。チーム内の移動手段である営業車、ミニバイク、自転車は前月の成績上位者順に選んでいく。いくら遠隔地を担当していても、最下位だったら、徒歩になることもありうる。
ムチはもう一つあった。毎月の最下位を記録したメンバーは、まず椅子が取り上げられる。その辺にあるゴミ箱くらいの高さの箱を自分で調達してきて、座るわけである。翌月も最下位を記録すると今度は自分の机を取り上げられ、田島の隣のロッカーの上を机として立ったまま事務作業を行う。最下位が続くとこのままだ。
最下位を脱出すると一月毎に机、椅子と一つづつ戻ってくる。月度販売台数最高者となると一挙にクリアーされる。ざっとこのようなルールだ。
「なんて人を馬鹿にしたやり方だ」と関根は腹が立ってしょうがなかった。しかし、田島は、どうもこれまでも同じようなルールで成績を上げてきたようだった。
関根も決して生真面目な営業マンではなかったが、このようなアメとムチのマネジメントの基で働くことには強い違和感を感じた。なにより人を信じていないことが嫌だった。
「こんな上司の恐怖のマネジメントに負けてたまるか。俺には大事な娘と妻がいるんだ」と関根は思った。
関根の4年目は家族という希望とマネジメントへの不信から始まった。

著作:渡邊茂一郎

その2 「セットリース作戦」へ続く

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