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2018/01/16
購買経費削減チームとしては、まず自らの総務・人事課が範を示す必要がある。中井は早速、文具・事務用品と事務機器を購入している京都OAの営業に連絡を取った。「まずは、会社としての方針を伝えて、協力してもらわなければ」と中井は考えた。
前任の山本は東京に異動して、担当は高木に代わっていた。
「山本さんは、痒い所に手が届く対応だったが、今度の高木さんはどうかな」と思っていると、高木はすぐやってきた。なかなかのレスポンスだ。
「中井課長、お急ぎの用件とのことでしたので、飛んで参りました」
「実はね、高木さんもご存知のことと思いますが、京都の友禅染業界も構造不況でね。従来の着物染めの注文は減るばかりです。当社もこのほど、会長の長崎から、新市場開拓を軌道に乗せるために、経費を削減するようにとトップダウンで指示が出まして、管理経費を20%削減することとなりました。そこで、古くからのお付き合いの京都OAさんにもご協力いただきたいと思い、来ていただいたわけです。本来は、こちらからお伺いしてお願いすべきところですが、すぐ来ていただき恐縮です」と中井は一気に畳み掛けた。
「エッ、そうだったんですか」高木は驚きつつも、一瞬落胆した表情を隠しきれなかったが、気を取り直したのだろうか、次には「確かに友禅染業界が厳しいことは存じていました。でもこのような時こそ共に手を携えて乗り越えなければなりませんね」と共感する態度を示して来た。
「ありがとうございます。そう言っていただけると心強いですよ。早速なんですが、今、京都OAさんから購入している文具・事務用品ですが、今後の発注から、値引率は大きく勉強してもらえますか」
「中井課長、御社に対しては、今までも最優先お得意先様としての最低価格で販売させていただいて来ました。大幅値引きとはいかないかもしれませんが、できるだけの対応はさせていただきます。一度社に戻りまして、見積して参ります」
「文具品の値引き以外にも、経費削減策がありましたら、提案してもらえますか。事務機業界のプロとしての提言をいただければ助かります」
高木は、自信なさそうに「どこまでお力になれるか・・・わかりませんが、とにかく検討して来ます」と言い残して帰っていった。
中井は、「大丈夫かな」とは思ったものの、長くから経営トップ同士の付き合いも深い京都OAだから、すぐ回答があるはずだと思っていた。
ところが、その後、1週間経ったが、京都OAの高木からは、連絡がなかった。総務人事課のメンバーが、忙しい通常業務をやりくりして各部門と経費削減策の検討を進めているにもかかわらず、自分の担当領域が遅れているんじゃ、示しがつかない。痺れを切らした中井は、京都OAの高木に連絡して、見積と提言を催促した。
翌日、京都OAの高木の持ってきた内容は、文具品の10%値引き、それも1年間の期間限定だ。経費削減策の提言はなかった。
中井はがっかりした。高木がそそくさと帰った後、気を取り直して「所詮、相手は営業マンだからな。売ることが仕事の彼らに今回のようなことを頼んでも仕方ないか。せいぜい値引きをしっかり続けてもらうことかな」とつぶやいた。
中井がため息をついていると、河瀬役員が通りかかった。「中井君、総務・人事のメンバー、頑張っているじゃないか。社内のあちこちから、悲鳴が上がっているぞ。頼もしい限りだ」と声をかけてくれた。
「その割には、リーダーたる君が浮かない顔をしているな」
「河瀬取締役、先程まで、京都OAの営業マンと会っていたんですが、所詮営業マンは、売り込む時だけですね、調子いいのは。経費削減の提言を頼んだのですが、何も出て来ませんでした」
「まあ、そんなもんやろ。」と言いかけて、河瀬は、あることを思い出した。搬出する自社の機械を黙々と磨いていたヤマトビジネスマシンの関根の姿だった。
「全ての営業マンが同じだとは限らないぞ。ちょっと待ってろ」と言って、河瀬は自席に戻り、5分ほど経ってから1枚の名刺を持って戻って来た。
「まんざらでもない営業マンもいるかもしれないぞ。一度連絡してみたらどうだ」
渡された名を見て、中井は驚いた。「河瀬取締役、これ、この前解約したばかりのヤマトの営業マンじゃないですか。これこそ、売り込み以外は考えないんじゃないですか」
「まあ、そうかもしれんが、一度会って見たらどうだ。実はな・・・」と河瀬は、ヤマトを解約した時の関根の振る舞いを話し出した。
「長崎会長も、なかなか骨のある営業マンやとおっしゃっているしな」
「会長まで、そうおっしゃるんでしたら、一度連絡して見ます」。中井は不承不承ながら、関根の名刺を受け取った。
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著作:渡邊茂一郎