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2018/04/03

京都は桜の季節、桜の名所は、どこも観光客がどっと押し寄せていた。関根にとってこの春は、桜どころではなかった。まずは、新担当先の状況を早く見極めることが重要だった。担当先は、民間企業8社と京都周辺の2市役所だ。多くの観光客を避けながら、関根は新たな大手ユーザーの引き継ぎ同行を前任者で同期の横山と矢継ぎ早に進めていった。大きな懸案事項はなく、引継ぎは順調に進むかに見えた。
しかし、5社目の同行は別だった。日本有数の臨床検査会社、京都メディカルラボ株式会社だ。15台のコピー機で月間20万枚のコピーボリュームがあり、関根の担当先でもトップ5に入る重要ユーザーだ。
ここの前任は横山ではなく1年後輩の会田だ。会田との引き継ぎはこの1社だけ。会田は、東京のスタッフ部門への異動が決まっていた。
京都メディカルラボに到着すると、会田は、「ここは安定ユーザーですので、たまに顔を出すだけで十分ですから。楽勝ユーザーですよ」とバツが悪そうに言い出した。関根は「ハハーン、あまりフォローできていなかったな」と直感した。
受付を済ませ、応接室で待つと取締役総務部長の寺田と総務課長の山西が、硬い表情で入ってきた。今までの引継ぎとは違う雰囲気に、関根は身を固くした。
挨拶と名刺交換が終わると寺田総務部長が口を開いた。
「ヤマトさん、今まで長く取引してきましたが、1ヶ月後に、全ての機械を引き上げていただくつもりです。関根さんは初回訪問で、突然の話に戸惑うかもしれませんが、ご容赦ください」
「えー。いったいどういうことでしょうか」関根から思わず声が出た。20万枚ユーザーの全面解約なんて、一大事だ。関根の顔と背中に冷や汗が吹き出した。
「関根さんの責任ではありませんが、ヤマトさんも安心していらしたようですな。会田さんは、当社に来られることもたまでした。その代わり他社は熱心に来られてましてね。あまり熱心に来られるのもので、それじゃあと言うことで、1社から試しに一度話を聞いてみたら、コストが驚くほど安いじゃないですか。性能も大差ありませんし。それならということで各社を呼んで、提案してもらったわけです。弊社としては、今回一番安い価格を提示してくれた京都OAさんにお願いするつもりでいます。まあ今回のことでは、私も反省しています。ヤマトさんに任せっきりだったせいで、長いこと30%以上も高い費用を払って会社に損失をかけていたようなものですから。トップから事務機器関連の意思決定を任されている者として責任を感じています」と寺田総務部長は硬い表情で言い放った。
隣の会田は青い顔で終始無言だった。
「そうだったんですか。弊社からは、何もご提案していなかったのですね。それは申し訳ないことをしてしまいました。心からお詫び申し上げます」
関根は深々と頭を下げた。
長年自社をたくさん利用してくれていたユーザーがあのような発言をするとは、余程のことなのだろうと思うと、申し訳なさと悔しさで、心は張り裂けそうだった。
その思いを込めて関根は「ちょうど営業担当が変わるタイミングですので、一度弊社にもチャンスをいただけませんでしょうか。今までかけたご迷惑を挽回させてください。必ず御社の事業の成功に貢献いたします」と声を絞り出した。関根の額には、汗が滲んでいた。目は今にも泣き出しそうに潤んでいた。
寺田総務部長、山西総務課長とも関根の表情と語調に驚き、互いに目を合わせた。まず山西課長からは「まあ、提案してもらうのは構いませんが、京都OAさんの価格と同程度位でしたら、出すだけ無駄ですよ。こちらもほぼ決まっていることですから」とつれない返事が返ってきた。
しかし、寺田総務部長の反応は違った。「今日初めてお会いしたわけですが、関根さんの強い想いは感じました。何か思うところがあるようにも見受けますので、一度提案してみてください。しかし、2週間以内には、提案書を出してください。そこまでしか待てませんので」と寺田部長は意外にも関根の気持ちを受け止めた発言をしてくれた。
「ありがとうございます。私にできる最善のご提案をさせていただきます」と関根は答えて、京都メディカルラボの引き継ぎ面談は終わった。
外に出ると、早速会田の言い訳が始まった。「支店長とも同行してもらって、とてもいい関係だったんですよ。一体、何が起こったんだろう?」など、自分の手抜きは棚にあげて、お客様に問題があるかのような言い方だ。挙げ句の果ては、「来週からは東京のスタッフ部門に出社しなくてはなりませんので、よろしくお願いします」ときた。会田の身勝手さに、関根は腹をたてるより呆れ果てた。
会田とは別れ、観光地京都の花見の喧騒をよそに、関根は急いで帰社した。そして、すぐに上司の大手営業部 営業2課長の佐久間に一部始終を相談した。
ここから関根と佐久間の怒涛の2週間が始まったのだ。

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著作:渡邊茂一郎

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