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2019/08/04
3.それでも売れるのは何故?(忍び寄る競合の脅威)
入社早々、なぜ自分の存在が否定されるのかが分からず困惑していた。また、職場での居心地の悪さも原因不明でモヤモヤした気持ちをひきずっていた。しかし、全国の営業所を巡回する中で何かが見えてきた。この状況が急に変わるわけではないが、たとえぼんやりだとしても原因が見えてきたことは私にとって大きな収穫であった。
なぜ、大きな収穫と言えるのか、それは原因が理解できたことで私を取り巻く今の状況は問題ではないと割り切れたからである。この状態は放置しておけばいい。私はそう思った。実際はかなり複雑な心境であり『そう思わなければ…、そう思おう…』と自分に言い聞かせていたというのが本音であったが…
一方、自分の存在価値は別である。自分が夢野株式会社における存在価値をどう発揮するのか、存在価値をどう高め、どう認知してもらうかはとても重要であると思っていた。このような状況であるから、全国の営業所を巡回させていただけるチャンスに恵まれたことは私にとって大きな意味を持っていた。
急がば回れ、まずは業界の慣習を知ること、お客様を理解すること、営業のやり方、営業担当者個々の力量を知ることに注力しようと思いつつ、全国各地の営業担当者と同行を重ねたが、なかなか思うようにはいかなかった。なぜなら前述した通り、『厚樹には気をつけろ、厚樹に対して多くを話すな』との指示が出ていたことから、彼ら彼女らの話がどこまで本音なのか、なかなか把握しづらかったからである。更には、同行する中で見えてきた行動が彼ら彼女らの通常の営業スタイルなのかどうかも掴みきれなかったからである。
誰と同行しても新規顧客への訪問は皆無であった。私が同行するのは、営業担当者一人につき一日のみであることから考えると、あえてシビアな商談や自社のことを認知していない新規顧客に私を連れて行こうとは思わないだろう。どの営業担当者も『行きやすいお客様』、『ある程度の関係が構築できているお客様』を中心に予定を組んだことは容易に想像できた。
しかし、このような状況の中で『営業担当者とお客様の会話』、『お客様とのやり取りの様子』、『お客様の表情』等を客観的に観察する中からはっきりと見えてきたことがあった。私が垣間見た事実を列挙すると次のようになる。
・誰も商談のクロージングをしない
・そもそもお客様を訪問する目的が曖昧(営業もお客様も曖昧にしたまま)
・商談は価格(値引)の話が中心、あとは雑談
・製品の紹介はカタログのみ
・カタログに記載されている製品の特徴を説明することに終始
・お客様ごと(案件ごと)の提案書を用意している営業担当者は皆無
・お客様のウォンツはわかっているがニーズは不明、ニーズを理解しようともしない
・プレゼンテーション力が著しく低い
・親しげに会話するお客様であるにも関わらず、多くのお客様が競合他社の話題、価格の話を引き合いに出す
正直、これは酷いと思った。最初は限られた営業のみだと思っていたが、ほとんどの営業担当者がそうである。移動の車中で会話をしていると、コミュニケーション力もそこそこ高く、お客様から信頼を得ているだろうと思っていた営業担当者であっても例外ではなかった。これは個々の営業担当者の問題ではなく、会社の風土として何か大きな問題が潜んでいるであろうことを実感するまでにそれほど時間を要することはなかった。
夢野株式会社は業界シェアNo.1である。これは世間一般的に使われる言葉ではあるが、まさに『売ったのではなく、売れてきた』の典型的な事象であると思った。言い換えれば、それだけ世の中で認知され、お客様に支持されている製品力を有しているとも言える。それはそれで素晴らしいことであるが、何か釈然としないものがあった。というのは、お客様が夢野の営業担当者と接している中で、夢野の製品に対する絶対的な優位性を認めているようには見えなかったからである。
本当に製品力で売れているのであれば、価格の話ありきにはならないだろう。しかし、実際の商談は価格の話ばかりで定価の3割、4割の値引きが当たり前であった。
なぜ、このような状況になっているのだろうか、この事実を営業担当者はどのように認識しているのだろうか、私は数名の営業担当者および限られた営業所長に実際に話を聞いてみた。
私が確認した営業担当者および所長の声を集約すると次のようになる。
・競合各社、特にA社は当社の顧客に対してとんでもない安値の提案をしてくる
・値段がA社よりも高かったら、お客様はA社の製品へ簡単に切り換える
・A社と夢野の製品の違いは何か?→ 大差はなく使う人によって評価が違う
・残念ながらお客様に自信をもって販売できる製品が今はない
・だからこそ、価格で勝負するしかなくなる
・なぜ、シェア日本一でいられるのか? → 業界の先駆者であったから。しかし、このままではシェアを維持することは厳しい
このままの状態では、今後ますます厳しくなる一方であることは分かっている。少なくとも皆、頭では理解していることは間違いない。しかし、この危機的な状況に対して真正面から向き合っているとは思えなかった。
競合他社の金額を引き合いに出され『あといくら安かったら夢野さんから買うよ』
と言われ、営業担当者はあっさりと価格を合わせてしまう。値段を安くするとお客様は営業担当者に対して『ありがとう!助かった』、『これからも〇〇さんから買うから!』と言ってくれる。営業担当者とすれば悪い気はしない。しかし、実のところお客様の手のひらで巧く転がされている、ということを自覚できている営業担当者は殆どいない。お客様は少しでも安く購入するために、営業とどう駆け引きするかを考えているのである。
お客様から値引き要請を受け、それに対応する。競合に取られるくらいなら、利益を削ってでも当社が販売することが先決であると思ってしまう。しかも、お客様から感謝の言葉をもらえば、営業担当者もそれに満足し、勘違いしてしまうことを理解できないわけではない。
しかし、どうなのだろう。この程度の関係性でお客様は営業担当者を心底信頼するだろうか? お客様が社運をかけて右に進むべきか、左に進むべきかの岐路に立ち、究極の選択を迫られた時、お客様から相談を持ちかけられる夢野の営業担当者はどのくらい存在するのだろうか? 私にはそのような営業担当者が存在するようには思えなかった。
競合の中でも、どんどんシェアを伸ばしている会社がある、それがA社である。A社の存在には要注意。A社は夢野の市場に低価格で攻め込んできており、A社にとって口座の無かった夢野の顧客に対して口座を設け始めている。これはとても不気味である。A社の製品力が群を抜いて優れているとは思えないが、逆に劣っているわけでもない。また、夢野は追う立場ではなく、追われる立場である。この事実をしっかりと認識する必要がある。
夢野の顧客に対する攻略方法として入り口は低価格戦略。ここで価格だけに目を奪われてしまうと、お客様の選択肢は価格のみになってしまう。しかし、ここでA社に入り込まれてしまい、一旦口座をつくられてしまうとどうなるか。まさにここが不気味であった。
ところが、全国の営業所を巡回する中でA社の存在を脅威に感じている雰囲気を感じることはなかった。なぜだろう、この危機感の希薄さが私にとっては最も脅威であった。
『危機感の希薄さ』、『営業としてのあるべき姿が無いこと』、『個々の営業スキルの低さ』この3点を自覚し、そのうえでそれぞれの課題を解決するための打ち手を講じていくことが必須であることは明確であった。並行して競合であるA社のことを深く研究していけば、競合対策も合わせて、営業としての優位性を保つことは可能であると考えた。
しかしながら、今までそれなりの結果を出してきた人たちにこの3点を自覚させることは至難の業であった。所長、ベテランの営業担当者は言われなくても分かっていたはずである。案の定、彼らは『お前が言うな』、『あんたには言われたくない』という感情が先行し、素直に聞き入れてくれなかった。課題が見えているのに目を向けようとしない。とても歯痒い思いであった。実際にシェアが50%近くある実態、売り方はともかく売れている現実。これらは紛れもない事実である。しかし、この状況がいつまで続くのか・・・。
この組織で営業力を高めていくことの難しさは、私の想像を遥かに超えるものであった。
著作:厚樹 重茂
続きは…