2025.12.02 (更新日:2025.12.04)
「営業人材が育たない」本当の理由【後編】
──支店を支えるコア人材不足に直面した電子機器メーカーの決断──
育成体系や育成の軸が必要だと気づいても、それを具体的にどう形にすればよいのか──多くの企業が直面する難題ではないでしょうか。単発の研修やツール導入では成果が定着せず、現場も経営層ももどかしさを抱える。この壁をどう越えれば、人は育ち、組織が変わるのか。後編では、ある電子機器メーカーが全社を巻き込んで育成体系をつくり上げていく過程を描きます。現場のマネジャーや若手にどのような変化が生まれたのか、そして組織全体がどんな未来を描けるようになったのかをご紹介します。
本記事は、ある企業で実際に行われた営業変革の事例をもとに構成しています。
登場人物や会社名は架空ですが、現場の葛藤、会話、そして変化のプロセスは、すべて実際の出来事から着想を得ています。
後編:育成体系構築がもたらした変化と未来
目次
気づきから始まる模索
電子機器メーカー営業企画部の田中は「育成の軸」の必要性を痛感するが、組織にどう落とし込むかに悩む。現場と経営をつなぐ「仕組み」づくりを模索する。
田中は痛感していた。
──育成の軸がなければ、この会社の未来は描けない。
しかし、その夜、営業企画部のオフィスで一人データを見返していた田中の心には、重たい疑問が残っていた。
「育成の軸が必要なのは分かった。でも、それをどう組織に落とし込むのか。具体的に何をすればいいのか」
気づきは出発点にすぎない。だが、曖昧なままではまた“思いつきの研修”で終わってしまう。
必要なのは、現場と経営層をつなぎ、共通の言葉として使える「仕組み」だった。
そこで田中は、営業企画部内で議論を重ね、各支店のマネジャーや現場を巻き込むプロジェクトを立ち上げた。ワークショップ形式で「営業のあるべき姿」を言語化し、それを基準に育成体系を描く挑戦が始まった。
全社横断プロジェクトの立ち上げ
各支点からメンバーを選抜し現場を巻き込んだワークショップを開催し、「成果を出す営業活動」を可視化。点在していた成功体験を共通の言葉に整理し、育成体系の初版をまとめる。
経営会議を経て、営業企画部は本格的に動き出した。田中は、川村本部長に提案書を持参した。
「育成の軸を具体化するには、現場を巻き込んだワークショップが必要です。できている人とそうでない人の違いを見える化し、育成体系の基盤にすべきだと考えています」
川村は腕を組み、短く答えた。
「全体像がみえるようになったな。いいだろう。全支店を巻き込め」
こうして初めての全社横断ワークショップが開催されることになった。
会議室に集まったのは、各支店から選抜されたマネジャーと若手営業、そして営業企画部のメンバーたち。机の上には色とりどりの付箋とマーカー、壁には大きなホワイトボード。これまでの研修とは明らかに雰囲気が違った。
田中が口火を切る。
「今日は、“成果が出ている人の営業活動”を徹底的に可視化します。どこで違いが生まれているのか、みんなで洗い出しましょう」
最初はぎこちなかったが、徐々に議論は熱を帯びていった。
佐伯支店長が静かに語る。
「成果を出している奴は、提案の前に必ず顧客の決算資料を読み込んでいた。俺も昔そうだったが、いつの間にか忘れていたな」
若手の中村が付け加える。
「私は、商談の場でどうしても価格の話に流されてしまう。でも、できる先輩は“お客様の目標”を最初に確認してから話を進めています」
安藤マネジャーも腕を組み、少し悔しそうに言った。
「私は部下に“もっと頑張れ”としか言ってこなかった。でも、できている人は顧客の意思決定の流れを把握している。部下にその視点を教えたことは一度もなかった」
付箋が壁一面に貼られていく。
「訪問準備」「顧客理解」「意思決定フロー把握」「社内リソース活用」──。
これまで感覚で語られていた行動が、次第に整理されていった。
田中は、書き込まれた付箋を一枚ずつ並べ替えながら言った。
「これが“成果につながるプロセス”です。バラバラだった成功体験が、今こうして共通の言葉になった」
その瞬間、会議室の空気が変わった。参加者の表情は、自分たちの活動が“仕組み”へと姿を変えていく実感に満ちていた。
数週間後。営業企画部は、可視化したプロセスを基に「営業育成体系」の初版をまとめ上げた。
1.目指す営業像:顧客の未来を共に描ける営業
2.行動基準:訪問準備 → 課題探索 → 提案設計 → 社内連携 → 受注後フォロー
3.成長ステップ:新人からベテランまで段階的に到達すべきスキルを明確化
完成版がスクリーンに映し出されると、田中は資料を閉じながら、
ようやく一区切りついた感覚があった。
──これでようやく、点を線に変える土台ができた。
川村本部長が口を開いた。
「これが育成の軸だ。もう“自然に育つ”時代ではない。これを全社で回していこう」
会議室に拍手が響いた。
田中は心の中で思った。
──育成体系をつくることは、制度を整えることではない。営業の未来を描き直すことなのだ。
現場での試行と気づき ― マネジャーと部下の変化
構築した初版の育成体系を現場に導入すると、若手やマネジャーが主体的に学び、指導が具体的に変化。小さな成功体験が次々と報告される。
初版が完成すると、営業企画部は迷わず現場に展開した。田中は各支店のマネジャーに集まってもらい、机に並べられた新しい資料を手渡した。
「これはまだ叩き台です。しかし、これを部下との対話に使ってほしい。数字を追うことは当然だが、何を目指して育てるのかが曖昧なままでは未来は描けません。このプロセスをもとに、部下と一緒に話してほしい」
最初はどのマネジャーも半信半疑だった。資料をめくりながら、「また新しい仕組みか」という不安を隠さない者もいた。しかし、それでも田中は静かに言い切った。
「これまでの“背中を見ろ”では、もう次世代は育たない。試してみる価値は必ずある」
その言葉が背中を押したのか、各マネジャーは渋々ながらも取り組みを始めた。
安藤マネジャーの気づき
数値追及一辺倒だった安藤が、体系を通じて「理想像の共有」が育成の本質だと実感。若手も主体的に課題を見つけ成長に向かうようになる。
最初に大きな反応を返してきたのは、関東支店の安藤マネジャーであった。
彼は営業企画部との定例会でこう語った。
「私はこれまで、部下に“数値を追え”としか言ってこなかった。正直、中長期視点での育成なんて会社がやることだと思っていた」
同席していたメンバーの数名が同調するように頷いた。安藤は続けた。
「でも、このプロセスを見せながら部下と話をしたら、彼が突然、“自分はこういう営業になりたい”と言い出したんだ。理想像を共有した途端、語尾や表情に迷いがなくなったのが分かった。次の日から、自分で顧客の決算書を読み始め、提案に盛り込むようになった」
安藤は机を軽く叩きながら、少し笑った。
「今まで“考えて行動するように”と何度言っても動かなかったのに、方向を示したら自然に動き出した。モチベーションを上げろと言うだけでは駄目だった。目指す姿を示すこと、それが育成だったんだ」
関西支店でも変化が生まれていた。若手の石田が、自らマネジャーにこんな相談を持ちかけたのだ。
「自分はまだ“課題探索”の段階が弱いと思います。次の訪問では質問の仕方を変えてみたい」
これまでなら「とにかく訪問件数を増やせ」と言われ、石田はただ動くだけだった。しかし新しい体系を手にして、自分の立ち位置と成長の道筋が見えたことで、主体的に学びたいと口にした。マネジャーは驚きながらも、石田の提案を後押しした。
さらに東北支店からは、こんな報告が届いた。
「若手に“訪問準備”をどうやってやるか説明するのが苦手だったが、このプロセスに沿って話すとすぐに理解してくれた。指導が具体的になったことで、若手が迷わなくなった」
これらの声を田中はひとつずつ記録しながら、胸の奥に確かな手ごたえを感じていた。
体系の完成 ― 軸が示された瞬間
現場の声を取り込み体系を磨き上げ、正式版が完成。目指す営業像、行動基準、成長ステップの三本柱が明確化された。
営業企画部は、現場から上がったフィードバックを持ち寄り、連日会議を開いた。会議室の壁には、マネジャーや若手の声を抜き出したカードがずらりと並んだ。
「提案設計には顧客の意思決定フローを必ず入れるべきだ」
「受注後フォローをもっと具体的に。単なるアフターフォローではなく、次の提案につながる活動に」
「新人にはまず“訪問準備”を徹底させること。ここで差がつく」
議論は白熱した。ときに意見がぶつかり、声が荒くなることもあった。しかし田中は、それを歓迎していた。現場の実感が、体系を磨く原動力になるからだ。
数カ月の調整を経て、ついに正式版が完成した。そこには三つの柱が明確に示されていた。
・目指す営業像:顧客の未来を共に描ける営業
・行動基準:訪問準備 → 課題探索 → 提案設計 → 社内連携 → 受注後フォロー
・成長ステップ:新人、中堅、ベテランと段階ごとに習得すべきスキル
川村本部長は完成版を手に取り、静かに言った。
「これは制度ではない。文化にしなければならない。全社で回していこう」

全社展開と広がり始めた変化―支店会議の風景が変わる
正式版の育成体系が全社展開されると、会議で「どのステップで成長したか」が語られるようになり、学びと刺激を共有する場へと変化。組織の雰囲気が前向きになる。
正式版が全社に展開されると、各支店で一斉に導入が始まった。最初は「また新しい制度か」という疑念もあり、特にベテランからは冷ややかな視線もあった。全員がすぐに変わったわけではない。だが、数カ月が経つ頃には、組織の空気は明らかに変わり始めていた。
かつての支店会議では、報告内容といえば訪問件数や見積提出件数、受注金額ばかりだった。数値は積み上がるが、そこに至るプロセスや学びは語られることがなく、会議は重苦しい空気で終わることが多かった。
だが体系が導入されてからは、会議の冒頭で「どのステップで成長したのか」が話題に上るようになった。
「山田は課題探索で顧客の経営課題を深掘りできるようになった」
「中村は社内技術者を早期に巻き込み、提案の幅を広げた」
会議の雰囲気は一変した。数字だけでは測れなかった努力や工夫が評価され、メンバー同士が「次は自分も」と刺激を受け合う場になっていった。
ベテランの変化
懐疑的だったベテランも、若手の成長を目にして態度を変え、自ら経験を体系に重ねて伝えるようになる。
懐疑的だったベテラン営業も少しずつ態度を変えていった。中部支店の佐伯は、当初「若手に細かい型を押しつけても意味はない」と公言していた。だがある日、自身の部下が体系を使って商談準備を進める姿を目にした。
顧客の決算書を分析し、課題探索の質問を整理した上で商談に臨んだ若手は、顧客から「うちの状況をよく理解している」と評価を受けた。帰り道、佐伯は黙って歩く部下に言った。
「…こういう形にすれば伝わるんだな。正直、自分でも少し驚いている。若手が動く理由が少し分かった気がする。俺がやってきたやり方を、言葉にして伝えられるんだな。これなら若手も成長できる」
以来、佐伯は会議でも積極的に体系を使い、自分の経験を若手に重ね合わせるようになった。
部門を越えた連携
体系の「社内連携」が全社に広がり、営業と技術・マーケが協力しやすくなる。若手定着率が上がり、成約率も改善する。
さらに、営業部門の枠を越えた動きも生まれた。体系の「社内連携」のステップが全社で共有されることで、技術部門やマーケティング部門が「営業がどこで困っているのか」を理解しやすくなったのだ。技術者が早期に商談に入り、顧客の技術的課題を直接確認するケースが増えた。マーケティング部門も、営業が拾った課題を次の施策に活かすようになった。
営業の成長体系は、単に育成の仕組みにとどまらず、組織の横の連携を促す触媒となっていった。
展開から半年が過ぎるころには、数字にも確かな変化が現れた。
・離職率は前年に比べて目に見えて下がり、特に若手の定着率が大きく改善した。
・案件の質が高まり、成約率は緩やかだが着実に上昇を続けた。
・「育成の軸がある」という安心感が広がり、支店全体の雰囲気が前向きになった。
経営会議で報告を受けた川村本部長は、しばらく資料に目を落とし、静かに語った。
「数字の裏に、人の成長を感じられるようになった」
その一言は、営業企画部だけでなく現場のマネジャーたちにも深く響いた。体系は、単なる育成の道具ではなく、組織全体を成長に向けて動かす基盤へと変わりつつあった。
未来への展望と問いかけ
人が「自然に育つ時代」は終わった。育成体系構築により、エース育成を「偶然」から「必然」へと変えた。取り組みを経て、単に制度を導入するのではなく、育成体系を文化として定着させ、組織そのものを変える営みであることを担当者は痛感している。
営業育成体系の全社展開から一年が経過した。数字は安定して伸び、若手の定着率は大きく改善した。だが、田中が実感していた最大の変化は、数字そのものではなかった。
かつては「結果を出すか出せないか」でしか語られなかった会議が、今は「どの段階で成長したのか」「次にどのステップを目指すのか」が自然と語られるようになった。マネジャーは部下に対して「お前はまだ経験が足りない」ではなく、「課題探索の質問の質を上げることが次の成長だ」と具体的に伝えられる。若手は「何をすればいいのか分からない」という迷いから解放され、自分で次の一歩を見いだしていた。
川村本部長は、ある全社会議の場でこう語った。
「これまでは偶然にエースが育ち、彼らの背中に頼ってきた。しかし、もう“自然に育つ”時代は終わった。育成体系は、その偶然を必然に変える仕組みだ。私たちはこれを通じて、人を育て、組織を育て、未来を描いていく」
田中はその言葉を聞きながら、自分がこの一年間で感じてきた悩みや葛藤を思い返していた。
──「支店を任せられるコア人材が育っていない」という危機感から始まった取り組みが、いまや会社全体の文化を変える動きにまで広がったのだ。
育成体系をつくるとは、制度を整えることではない。未来を支える人材を育てるために、組織そのものを変える営みである。
そして、読者に問いかけたい。
──あなたの組織には、未来を支える“軸”となる人材が育っているだろうか。
──「自然に育つ」時代を過ぎた今、どんな軸を描き、どんな未来を描こうとしているだろうか。
担当者コメント

この事例は架空のストーリーですが、同じような悩みを抱えるお客様は珍しくありません。営業が顧客の本音を引き出せない、提案が表面的になってしまう──そうした課題は、製造業や情報システム業、サービス業などさまざまな現場で共通して見られます。
私たちは「決まった答え」を押し付けるのではなく、お客様と一緒に課題を整理し、最適な形を探しながら歩んでいきます。これまでにも、異なる業種や職種のお客様とご一緒し、それぞれの状況に寄り添って伴走してきました。
現場で小さな気づきが生まれ、それが変化につながっていく。その瞬間に立ち会えることこそが、私たちにとって大きな喜びです。
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